ヨーロッパでは今もナチス犯罪を追及している
ご存じのように、ナチス犯罪に対するヨーロッパの最近の追及の動きが、「政界政治資料」や「赤旗」に出ております。その中の一.二をあげますと、西ドイツで、エルンスト・テールマンという、私どもの若いころ、ドイツ共産党の最高指導者(議長)として、みちびきの星だった同志を殺害したオットーという下手人のひとりが、告訴から二十三年たった今年の五月に、裁判で禁固四年の刑に処せられたのです。
テールマンは収容所に入れられて爆撃で死んだということになっていたのですが、たまたまテールマンを殺害する現場を見ていた人の証言で告訴されていたのですが、検事が証拠不充分としてとり上げなかった事件です。この人は七十五歳なんです。戦後、別の事件で一時服役していたことがあるのですが、釈放後は教職についていて、年金生活をしていました。何十年ぶりかにつかまって、四年の禁固になったのです。
もうひとつは、ユーゴスラビアでナチスが占領していた時のカイライ政府クロアチア独立国の内務大臣をしていたアンドリア・アルトコヴィッチという人で、アメリカに逃亡しておって、ユーゴはその引渡を再三要求しておったのですが、アメリカが一向に応じなかったのです。
最近アメリカも世論に押されてユーゴに引き渡した訳です。ところが八十六歳なんです。カイライ政権の内務大臣をしておったときに、判っているだけでも、収容所に連行した何百人というのを一挙に虐殺したり、数ヵ村を全滅させたり、その他の大量殺人の残虐行為があからさまになって、戦争犯罪に時効はないということで、裁判では当時虐殺された人の遺族や関係者がいっぱい出てきて、直接被害を受けた人にとっては切実なものですから、求刑どおり死刑の判決をこの五月十四日に受けたという事件があったわけです。
こういう風に、あちらでは、ナチス犯罪という戦争犯罪と人道に反する罪に対しては、今でも追及が行われています。
しかし、今さら八十六歳の人を、またテールマンの場合でも七十五歳で、何十年も職について市民生活をしてきているではないか、「今さら」という声もかなり強かったようです。しかし、それぞれ四年と死刑という刑を受けたのです。
また、第二次大戦中、フランスの抵抗戦士やユダヤ人など数万人も逮捕、拷問、殺害、強制連行などしたナチス親衛隊の将校クラウス・バルビー(七三)=仏リヨン監獄に収監中=の裁判が、五月十一日からローヌ重要犯罪裁判所で始まりました。一九八三年二月に逃亡先のボリビアからリヨンに移送されてから四年ぶりです。「人道に反する罪」として、国際的に強い注目を集めています。
バルビーは、一九四〇年ナチスからオランダに派遣されて、「ユダヤ人狩り」に狂奔したあと、四二年に仏リヨンのゲシュタポ(ナチ秘密警察)司令部に配属され、約二年間対独抵抗者とユダヤ人摘発の中心となり、あらゆる弾圧を使って「リヨンの殺人鬼」の異名をとりました。終戦後バルビーは、米占領軍に情報面で協力し、各地を転々として生きのびましたが、逃亡先のボリビアから四年前左翼政権によって追放され、仏に移送、逮捕されていたものです。仏軍事法廷は、一九五〇年代に二回にわたって欠席裁判で死刑を宣告しています。
バルビーの逮捕後は、仏国内のレジスタンス闘士の遺族、ユダヤ人団体などから新たに次つぎと犯罪告発がおこなわれ、予審審議が続けられてきました。
裁判開始に四年もかかったのは、戦後四十年余を経て証拠固めが手間どったことと、予審段階で裁判対象のわい小化問題が起こり、もめたことです。
当初、リヨン控訴院は、バルビーのユダヤ人迫害問題は「人道に反する罪」(時効がない)を適用して裁判対象にするが、レジスタンス闘士殺害、拷問問題は「戦争犯罪」(時効が成立)で対象外だとの立場を決めました。しかし、仏国内で猛烈な抗議の動きがつづき、民事訴訟も起こされたるなかで、昨年十二月、仏最高裁は、リヨン控訴院決定を破棄、レジスタンス闘士迫害も「人道に反する罪」として裁判対象にするべきだという見解を発表したのです。今回の裁判では、バルビーの犯罪が全面的に裁かれることになります。
このように日本とくらべますと、戦犯への対応が雲泥の差なんですが、皆さんはどう思われますか。われわれは。天皇は第一級の戦犯だと言っておりますから。 (つづく)
パンフレット 「なぜ、いま 時効不適用条約か」
「戦争犯罪と人道に反する罪に時効はない」 から